気ままな50代半ばの告白 #フランス修行編

気ままな50代半ばの告白 #フランス修行編

 

私は今から約30年前の20代の時に、フランスグルメツアーに参加し日本に帰ってきてからは、フランス料理をするなら本場のフランスでフランス料理を勉強するほかに選択肢は無いと考えるようになり、日本で100万円貯めてフランスに渡りました。

当時は直行便は無く、アンカレッジ経由の片道約23時間位のフライとだったと思います。機内食を5回位食べた記憶がありブロイラー状態でした。飛行機では仲間が出来1人は美容師を目指し、一人はデザイナーを目指しという感じでお互い頑張ろうと機内で話した記憶があります。フランスに着いてからは音信不通になりました。今みたいに携帯などありませんから連絡のつてもありません。

私はと言うと、白ワインで有名なシャブリに当時ミシュラン1つ星の”ホステルリードクロ”というレストランがありそこで働いてる日本人が知り合いでしてもぐりこみました。もちろん労働許可書なんてもんは有りません。見つかり捕まれば強制送還です。

入れ替わりで日本人私一人になりました。もちろんフランス語は日本にいるときに勉強しましたが、私は解りません がほぼすべての会話でしたので毎日フランスの辞書をキッチンに持って行って解らない単語を調べてもらいながら仕事しました。

遂にフランスに来た!これから頑張るぞという感じでした。

因みに給料なんてものは有りません。オーナーシェフのポケットマネーが自分の月の給料でした。もちろん保険もありません。あるのは体のみでした。

そんな中でどうして雇ってもらえるのかというと、

日本人は勤勉で真面目・手先が器用という事で安く雇えるからです。

そういう意味ではかなり重宝されました。

次回またフランス修行時代第2段を書きます。